共産主義体制が、「危機(恐怖)と救済(安心)」の管理を政治統治の中心に据えているのは、革命思想であるマルクス・レーニン主義教義から生まれる必然的な論理構成の結果です。
日本人は、中国に対するシンパシーがあり、中華人民共和国(中国共産党:以下、中共)が中共であることを忘れてしまいがちですが、まぎれもなく共産主義の「恐怖→安心」サイクル(Fear–Relief Cycle)に基づいて内外の政治を進めています。
1949年以降の勢力拡大の戦略を、国家心理操作の枠組みである「恐怖・安心の心理戦」に基づいて、観察してみます。

1. 中共の基本戦略
中共が1949年以降一貫して採用してきた周辺地域に対する勢力拡大の統治手法は、恐怖(外敵・内敵・民族危機)を煽ったのち、安心(共産党による救済・秩序)を与えることを交互に繰り返し、忠誠と同調を固着させる、という恐怖と安心の“二重支配”による心理的支配技法でした。
これは共産主義主義国家が持つ宿命的な、敵を想定しつづけることで侵略支配の正当性を唱える「危機統治(crisis governance)」の手法です。
2. 「恐怖」パート
中共が最も巧妙に利用した「恐怖」は以下の3つでした。
① 民族の危機(漢民族の屈辱)
清末〜1911年の辛亥革命までの混乱、列強の侵略、日本との戦争をまとめて「百年の屈辱」「漢民族が滅亡の危機にあった」という恐怖の物語として永続的に語ります。
共産党が住民を盾にして残虐行為を働いて治安を乱し、混乱を生み出していたにもかかわらず、「漢民族は圧迫され続けてきた」という被害意識の記憶を喚起し、自分たちが被害者であったかのように「恐怖の物語」を語ることが、1949年以降の党の正当性の基盤となっています。
② 内敵(反革命・分裂勢力)
反革命分子、右派、ブルジョワ、宗教勢力、民族分離主義(新疆・チベット・内モンゴル)、民主化運動などを常に「潜在的脅威」と設定することにより、脅威が消えても、脅威の定義自体を再生産し続けます。
③ 外敵(米国・日本・西側)
今日に至るまで、中共の宣伝における最大の恐怖の源としているのは外敵で、米国の包囲網、日本軍国主義の再来、自由主義国の人道主義拡大、台湾独立勢力、経済的な不均衡などを外敵とみなし、その脅威に対応するために党の団結、統制、軍事強化を正当化しています。
3. 「安心」パート
中共の支配の核心は、恐怖の解決を独占することで共産党が“唯一の救済者”であるかのように振る舞い、外にそれをアピールし、内には共産党への忠誠を強制します。
① 「屈辱からの復興」を共産党の功績とする
共産党だけが、国家を統一し、戦争を終わらせ、貧困を克服し、科学技術を発展させ、版図を回復、大国に復興させたという「救済者イメージ」を徹底的に植えつけ、中共(共産党)の存在が即「安心、安全、誇り」につながるのだという論理を形成しようとします。
② 「安定・発展」を党支配の代価として提示
経済成長、都市化、技術力、新幹線網、一帯一路、宇宙開発などの成果を、すべて党主導の成果や恩恵として記憶させ、現代中国人の大多数に「共産党でなければ中国は安定しない」という心理を植え付けようととしています。
③ 「敵に囲まれたからこそ団結が必要」という理屈の固定化
「脅威に対して、党が介入し、安定をもたらす」心理ループを繰り返すことで、外圧が強いほど党への信頼が強くなる、という逆説的な見方が定着します。
これが心理戦の典型です。
4. 勢力拡大への応用(1949〜現在)
中共はこの心理ループを国内支配だけでなく対外戦略にも用います。
① 台湾:脅威(独立)→安心(統一)
台湾独立を「民族国家の最大危機」と定義し、統一すれば「永久の安定が訪れる」と宣伝しつつ、軍事演習や圧力行動で“恐怖”を煽り、台湾人・周辺国に「中共を怒らせると危険だ」という印象を形成します。そして、中共が指摘するような軍事的対抗手段を整備しなければ自国の安心・安全が保たれるのだと信じ込ませます。
② 南シナ海:脅威(海洋封鎖)→安心(歴史的権利)
「中国は海を失えば死ぬ」という恐怖論を唱え、歴史的権利の主張で実効支配を進め、既成事実化を中国にとっての「当然の安心」として人民に示します。周辺国には、抵抗のコストを恐れさせ、安心を交換条件に妥協を強います。
③ 一帯一路:脅威(経済危機)→安心(中国資金)
経済が不安定な発展途上国に経済危機の恐怖を喚起し、中国資金とインフラを“救済策”として提供して依存度を高めます。安心感が広まった段階で政治的影響力を強化し、中国撤退の経済的恐怖と中国資本進出の安心という二重操作により勢力圏形成を図ります。
④ 国内統合:新疆・チベット
元々、侵略して強奪した地域であるにもかかわらず、分離独立を「国家崩壊の恐怖」に設定し、監視・再教育による“安定化策”を正当化しつつ、中華民族共同体という“安心の物語”を提示して同化政策を心理的に合理化させます。
中共の巧妙さは、恐怖も安心も、同じ主体(共産党)が供給する点にあります。これは心理学では、依存支配(Dependency–Dominance Model)、救済依存(Salvation Dependency)と呼ばれます。
つまり、恐怖を与えるのも党、安心を与えるのも党であるため、離脱不能の心理環境が構築されるのです。
5. 結論
中共の1949年以降の勢力拡大を一言で表せば、自ら恐怖(危機)を喚起し、安心(救済)を演出して忠誠と同調を固定する、という「恐怖と安心の二重管理」による心理操作によるものです。
その特徴は以下の通り:
① 恐怖を永続化して支配の正当性を維持する
② 安心(復興・安定・発展)を党の独占的功績とする
③ 恐怖と安心を同じ主体が供給する“依存構造”を作る
④ 国内統合と国外勢力圏拡大の両方に応用する
⑤ 外敵の存在が党支配を強化するという逆説を利用する
中共は、1949年に清国とそれ以前の中国の歴史を全否定し、漢民族の国家復興を謳いあげて革命を起こして成立した国であるにも関わらず、際限なく勢力拡大を続けています。
まさしく、共産主義革命を実現しようとしている国です。

