この「恐怖・安心の心理戦」が日本の安全保障、特に尖閣諸島周辺と東シナ海の領海に対してどのように行われているのでしょうか。
中共は、軍事力では「一線を越えていない」ように装い、平和的な話し合いを標榜しつつ、日本の「慣れ(麻痺)」を誘うかのように、日本の領海、尖閣諸島に対する侵入等の活動を段階的に高めています。

1. 尖閣で中国が使う心理戦の基本
中共の手法は、古典的な共産主義戦略と現代の情報戦を統合したものと思われ、次の三段階に整理できます:
① 恐怖:脅威の“持続的可視化”
公船侵入の常態化、航空機のADIZ侵入、海警船の武装化(事実上の軍艦化)、ミリタリー・シビリアン両用船の増加、不意の接近や航路妨害などを繰り返しています。
目的は、日本に「危険な状況だ」という意識を持たせ、軍事衝突の可能性を生むギリギリの状態を継続することにより、中共の主張を理解させ、日本社会に「この状況は避けられない」「日常だ」という心理的疲労と麻痺を生むことです。
② 安心:緩和的言動による“離脱不能感”の形成
脅威をかけつつ、対話路線を演出し、“双方”の自制を強調し、不法行動をしているにもかかわらず、日本と対等の立場での話し合いの場に立とうとしています。
日中友好の象徴的イベントを開催し、経済的利益を提示(インバウンド、投資、貿易)することにより、軍事衝突を避けられるのは、中共が“自制”しているからだ、という誤った安心感を日本側に持たせようとしています。
この「自制を装った安心」を与えることこそ、心理戦の核心になります。
③ 現状追認の強制(実効支配の浸透)
この「①恐怖と②安心」を繰り返し、既成事実を積み上げ、日本が慣れた段階で「尖閣は自国の管轄区域」と国際発信し、海警法による“領海内武器使用”の法整備し、公船の常時パトロール化し、無人機の飛行連続侵入による“日常化”しています。
こうして日本側の抗議や反応の閾値(しきいち)を下げる心理環境を作っています。
2. 日本に与える安全保障上の心理戦的影響
以下は、安全保障心理学の観点から見た日本社会への影響です。
①「慣れ(Normalization)」の誘発
毎日侵入されても撃たれないため、日本の世論は次第に「これくらいは許容範囲だ」と誤認するようになり、侵犯を「新しい日常」にする。
②「恐怖の分散(Attention Diffusion)」
国民の注意・危機意識を分散させる。
ウクライナ、台湾情勢、北朝鮮、経済危機、国内政治のスキャンダルなどの「複数の危機」があると、問題への対処の優先度が下がり、尖閣に対する警戒心を維持できない。
③「安心の誤帰属(Misattribution of Stability)」
侵入が続いても戦争にならないため、「中国が自制するから大丈夫」という誤った安心が生まれます。実際は、中共は「衝突しないギリギリ」を推し量って行動していると思われます。
④「日本の反応閾値の低下(Red Line Dilution)」
侵入日数が増えるほど、日本の抗議やスクランブルが惰性的・形式的になりやすい結果、中共は「日本はこのレベルまでは許容する」と学習しつつ、行動をエスカレートさせます。
⑤「自衛隊・海保の疲弊(Operational Fatigue)」
常時対応により、自衛隊や海上保安庁が対応するための人的疲労、維持・管理の組織的負荷等が生まれると、長期的に日本側の行動選択肢が狭まります。この間に、単純な人為的ミスや地域との軋轢などが生じるとそれに乗じて問題をプレーアップさせ、さらに日本の対応の複雑性を大きくしていきます。
このような現場の疲弊が中国の「心理的勝利」につながります。
⑥「周辺国の認知操作(Regional Perception Shaping)」
尖閣への既成事実が続くと、周辺国は心理的に「中国はこの海の実力者」「日本の海域は中国の影響圏」と受け入れ始め、国際社会の認識(perception)自体が中国寄りに傾く可能性があります。
3. 中共の“最終目的”:認知的実効支配
尖閣に関する中国の最重要目標は、軍事占領ではなく「心理的領有」だと考えるべきです。
領土紛争では国際法よりも「周辺国と国際世論の認識(perception)」が勝敗を分けることが多いとされています。
中国の狙いは、日本側の危機認知を鈍麻させ、国際社会に「尖閣は係争地」と印象付け、台湾統一に引き続き、尖閣を既定路線として取り込む、という考えだと思います。
日本が防衛力を増強しても、周辺国と国際世論の支持が得られなければ戦略的に敗北することになります。
4. 日本が取るべき心理戦的対処
①「慣れ」を発生させない(Normalization Prevention)
侵犯ごとに明確な非難声明を発し、対応行動を“形式化・惰性化”させない。
②透明性を高め国民に情報公開
海保・自衛隊の対応状況を積極開示し、政府の危機管理行動を可視化する。
③国際世論での認知主導(Perception Leadership)
尖閣は紛争地ではなく、中国の侵入行為は国際秩序への挑戦だと、繰り返し発信する。
④台湾・フィリピン・米豪との一体化
国際社会の世論を味方につける。
⑤「安心を中国に依存しない」社会心理の構築
中国が経済面で優位に立った途端、日本の心理的な安全保障は崩れます。
5. 結論
中国は軍事的手段ではなく、日本の「認知と慣れ」を変えることで、尖閣を実質的勢力圏へ塗り替えようとしています。
尖閣問題は軍事ではなく「心理戦の最前線」にあります。

