《時代は変わる、これから何が起こるか誰も分からないことを暗示する、ミステリアスで魅力のある言葉だと思います。

私が自衛隊に入ったのは、1977年で、自衛隊での前半は、冷戦の脅威は増したと言われながらも変化の乏しい時代でした。1989年に冷戦の終結が宣言されて以降、丁度、その時代の変化に適応しなければならない時代で、退職するまで、実に変化に富んだ面白い仕事をやらせてもらいました。

考えて見ると、丁度22年間ずつなんですね。あの仕事のダイナミックさは経験したくてもできないもので、実に面白く、充実していました。

自衛隊を退職して、ゆうちょ銀行の変革期に8年間、これまたあの時代にしか経験できない仕事をさせていただき、その後、今まで日本になかった防災、危機管理などに関わる組織(システム)を作ろうと災害防止研究所を立ち上げて3年間。

アンブローズ・ビアズは、軍人とは「教範を片手に、後ろ向きに杖をついて歩く人」と言いましたが、前を向いて、自分で道を作りながらでなければ進むことはできないと、実感しながらビジネスモデルそのものを模索・・・。これも面白くて楽しい「変わった」という過去形は存在しない旅路。

やはり、時代は変わる。(A.Y)》

朝のテレビでフランスが今、コロナウイルスの変異で、一日に2万人が感染しているというニュースを、パリのシャンゼリゼ通りや町の風景をバックに流していました。

見ていて、アッ!私の知っているフランスはもう無い、と実感させられました。

それは建物の風景ではなく、人々の生活様式が変わったのです。見ていた映像のなかに、フランス人の女の子がお弁当を食べていたのです。それも、どう見ても日本で売っている、あの黒いプラスティックの長方形の弁当箱にご飯。お菜は見えませんでしたが、割り箸を器用に、失礼、私よりも上手にご飯を口に運んでいる画面を見て、思いました。時代は変わったと。

フランス人に、お弁当という文化はありませんでした。

ですから、1970年代には、昼に自宅に帰って昼食を摂っていました。小学校も王立学校ではそうでした。そして、自国の文化を大事にする、法律で、日に何パーセント以上が外国の音楽を流してはいけない、が通る国です。それが、お弁当!!と思いました。確実に、世の中は変化しています。

私の姉貴分のコロンバンの娘の優子が、「利男、昔のパリは、もうないから」と云ったのが、耳に残っております。今から、7~8年前の話でした。

先日、GATEAUXというお菓子の業界誌のインタビューに来られたときに、私の方から2、3、質問させていただきました。

それは12年前から両親の介護の真似事でオートバイの安全運転指導を休んでいたので、若い方々との接点がなく、そこでちょうど良く記者の方が来られたのです。彼は39歳で女の子さんが1人おり、奥様も働いているようでした。

で、私の姪の旦那さん、佐々木さんは本当に良く、家庭のことをよくやる人で、風呂の掃除から買い出し、子供たちの遊び相手として話していますので、あなたは?と、話しを振ってみました。すると彼は「うちも、そちら様と同じで、家事は分担しています。これは多分、私たちの世代は皆、同じだと思います」が返って来ました。それも即座に淀みなく。

この答えは予期していたので驚きはなかったです。

続いてコロナの影響を聞いてみましたところ「やはり影響は受けているものの、飲食店のようにひどくはなく、逆に上がっている店もあります」と云われたので、何故と聞くと、「ホームステイで、家族で家に居る時間が多くなったので、プチ贅沢と今流行の、そう見栄だと思います」と返ってきました。これも私の想像していたことでした。

そこでもう一つ。

この頃流行っているパン屋さんの話から、パン屋さんは設備投資が少なく済むから独立しやすいけど、お菓子屋さんは?「ええ、その通りなんですが、今の人たちはあまり独立しようとする人がいません」と、意外な言葉が返ってきました。

私その瞬間、自問自答で、何故?

私の友人たちと云っても、フランスでの話しですが、個人経営の店に入ってくる子達は、ほぼ皆独立しようと思って入ってきましたし、また独立しています。

料理人でも、そしてお菓子屋さんでも、そうでない子供たちは、いわゆる企業がやっている大きな会社に入って行きます。では何故、私たちのように独立したがるかと云うと、もちろんお金儲けはしたいのですが、やはり他の人にとやかく云われたくないのが一番です。

これを彼に説明すると、「どうも自分を含めて、今の若者は、あまり冒険をしないようです。ですから留学も意外に少なく、安定志向のようです」でした。

やはり時代は変わって行っているようです。

ただちょっと心配なのは、先日ラジオで聞いていたら、行動心理学の先生が本を出版なさって、ゲストとして出席なさった番組のなかで「子供のときに、あっち、こっちと興味をもって冒険することが大切で、現代人がアフリカから新天地に移動することによって、脳に刺激を与え、進歩してきたのです。あまり親が安全を考えて構い過ぎるのは良くないです」で、たしかに今、私が云っている若者達の親は、そう、それは私たち世代です。

私たち世代が親になっていった40年前は1981年代のバブルの頃で、世の中が安定していました。景気が良く、生活に不安無く子育てが出来ていた時代です。思い出して見ると、と云っても私たちに子供が居ませんが、友人や姉などをみて来ていると、たしかに子供たちを構い過ぎていたように思います。私たちが子供の頃は、まだまだ戦後といった声が聞こえていた時代で、親に面倒をみてもらった記憶が、家内もないと云っています。

前に私がいじめられたと話したとおり、他の生徒達がサラリーマンの子供たちで、月曜日に「昨日はどこどこに行った」という話しが、大変羨ましかったのを覚えています。

もう30数年前になりますが、アラブのオイルマネーのドキュメント番組で倉庫に積み上げられたオイルマネーの千ドル紙幣の束がネズミにかじられている場面と大きなテントのなかで王子達が水パイプを燻らしながら会話しているのを見て、あまりにも恵まれすぎて生気の無い顔をしているのを見るにつけ、これはこれで可哀相だなと思いました。

はたして何が良いやらで、これからは彼ら若い人たちが主役で、新しい時代を切り開いて作り上げるでしょう。頑張れ!!

しかし、過去には色々とヒントになることが沢山あるので、振り返る勇気を!!

https://www.saibouken.or.jp/archives/4307

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