国民の生命財産の保護の責任

消防は、近隣自治体間の協力体制として「組合消防」を組織することにより、効率的な運用を目指してきた。

その結果、約1000の基礎自治体は消防本部を直接指揮することがなくなった。

地方自治の根幹は「住民の生命財産の保護」にある。

「住民の生命財産の保護、消防の責任」を持つ実働組織は(基礎自治体の)消防の他にないから、消防の運用にかかる「市町村消防の原則」は変えることができない。

基礎自治体ごとに消防本部を設けるのは、非効率な体制への先祖返りになるのでできない。かといって、市町村を合併・再編して基礎自治体の数を削減することは本末転倒になるし、そもそも現在以上の市町村合併は難しい。福祉サービスが行き届かなくなる。

消防や傷病者の搬送だけに着目すると効率的になっているのだが、基礎自治体の首長の持つ法的責任と指揮の実態(消防の指揮権限)とが一致することはない。

基礎自治体の首長は、自己の責任を果たす手段(運用する部隊と指揮組織)を直接握っていないから、自力での対処を考える前に、当たり前のように自衛隊への災害派遣要請を考える。

地方自治の独立性への国の介入になるとは、露ほどにもとらえていない。

一方、消防庁の任務機能は拡大し、従来の消防、災害対応、傷病者の搬送に加えて、武力攻撃事態等における国民保護も任務になった。

消防や傷病者の搬送を中心に考えていれば良かった時代から一変して、大規模災害対応、国民保護など、国家の非常事態や緊急事態に際して、自治体の枠を超えて活動する任務を付与されるようになった。

地方自治の大原則である「市町村消防の原則」(「住民の生命財産の保護」)を前提にしていては「国民の生命財産を保護する」任務を全うできなくなった。

具体的に言えば、南海トラフ地震や国民保護の国家的な非常事態に際して、「市町村消防の原則」に基づいた消防の指揮機能(基礎自治体の長が消防の指揮権を握った状態)では、消防庁は部隊運用に責任を持てない。

つまり、わが国では、意識しているのかどうかは分からないが、国家としての「国民の生命財産の保護」が担保されていない状態になっているのだ。

近年の大規模災害の様相は基礎自治体の範囲を大きく超えてしまっているし、被災地の消防は活動能力を失ってしまうのだから、広域自治体が「住民の生命財産保護」の責任を持ってカバーすることは合理的である。

改善する案はいくつかあるにしても、少なくとも常に「市町村消防の原則」に基づいて消防を運用することは廃止するべきだ。

一つは、都道府県レベルで統合する案がある。都道府県は、現在も広域防災の責任を有する点からは合理的なのだが、数が多いので中間組織ばかりに人を食ってしまう。

もう一つは、現在の都道府県5個程度を統括する10コ程度の道州エリアに区分する道州制の案がある。道州に「住民の生命財産保護」の責任を持たせる案で、中間組織の数が減るので、統合する価値が出てきて、効率化することができる。

行政的にも道州制の方が効率的だという結論はすでに出ていたと思うのだが、改めて、国と地方自治体(道州政府及び基礎自治体)による「国民の財産生命の保護」の役割の見直しを本題として議論するだけでなく、国家としての非常事態、緊急事態を考えて、国の制度を抜本的に設計しなおすべき時代になっている。

そのときの課題は、地方自治体の責任権限の範囲と、国がどのような手続きでどこまで地方自治に踏み込むか。大規模災害時、非常時・緊急時における「国民の生命財産保護の責任」を誰が担うか、のルール作り。

消防庁にテロや武力攻撃から住民(国民)を保護する任務を付与しているのだが、それがはたして本来の消防庁の仕事なのかどうか・・・。

消防庁が本来持っていた、消防や傷病者の搬送と想定していた災害対処は、そのなかの日常的な一機能にしか過ぎないのだ。

法的な枠組みを超えた役割を押し付けた結果、歪さが大きくなりつつあるように見えru.

国民を守る国の制度設計

現状の消防庁や「市町村消防」の発想を離れて、国と地方自治体との本来的な在り方のなかで、予想されるさまざまな事態(領域の保全等を含む)への対処とそれを所掌する役所(例えば、危機管理庁や防災庁、国家警察、海上保安庁、国境警備隊など)の在り方を総合的に議論するべき環境になっているのではないか。

これは一挙に完成形が出来上がるものではなく、環境の変化に対応し、改善に改善を重ねて、作り上げていくものだと思うが、まずは消防、大規模災害対処、国民保護の機能から着手すればよい。

基礎自治体が担うべき災害救援活動を自衛隊が担うことが当たり前になっているが、本来、地方自治体の所掌範囲に、軽々に国の機関が踏み込むことがないよう手段を整え、制度設計しなくてはならない。

自衛隊は「国を守る」ことを主任務にし、外敵を排除し、国家機能を維持存続させるための役割を果たすのが本来の役割で、災害派遣は自衛隊員の士気を高めつつ、国民と自衛隊員の意識を本来の任務から微妙にずらし込んでいる。

広域自治体でも対応できないときに、初めて国が権限を行使する根拠として「非常事態等」の規定を設ける。そのときには、自衛隊が出動することもある。

さらに、それを超える事態が生じると判断する場合、平時の法的枠組みを超えて対処することを想定し、憲法に非常事態条項を設ける必要があるだろう。

地方自治の責任権限と組織能力の不一致、非常時における地方自治体と国の責任権限の在り方という、国家の制度上の根本的な問題が消防の現状に現われている。

国民の安全を地方自治の原則にしたがって確保するのではなく、国民の安全は国が責任をもって確保できるような制度、組織をつくらなくてはいけない。

all_j.pdf (fdma.go.jp)