《「袖振り合うも多生の縁」。道で人と袖を触れ合うような、ささいなことも、前世からの因縁によるものだという意味のことわざで、何回も生まれ変わりを繰り返す間(多生)に生まれる縁だという仏教の基本的な教え。

毎年、年賀状をやり取りしていても、関係が深まるわけでもないし、何十年ぶりかと云わず、それこそ初めて会った人でも、いつも一緒にいる友人のように心が通じる人もいるのですから、普段から意識しているから人間関係が深まるというものでもないのでしょう。

関係ないと思っていれば貴重な出逢いもただのすれ違い。でも何か関心を持った途端にご縁ができたりします。 「縁は異なもの」、これは男女関係のつながりで使う言葉。男女関係はもちろん(?)として、男女関係だけではなく「一期一会」の出逢いを大切にしたいものです。(A.Y)》

私どもの職業、レストランにときどき面白いことが起こります。それは、なぜか共通点のある方達が、偶然に揃われることがあるのです。

3週間前には、音楽関係の方の出版のお祝いの席で、写真を撮るときに、別のテーブルのお客様がシャッターを押して下さいました。そこから話が発展して、共通のピアノの大先生に行き着きました。

次の週には、これから英国の大学院に行かれる方とよく青山墓地にお参りに来られる姉妹の方。お姉様が長く英国の大学院で研究をなさっていたというので、色々と情報を差し上げていました。

次の週は、なぜか2.26事件の週でした。それは姉貴分の優子から10日ほど前に電話をもらい「2~3日前に気がついたんだけど、今度の17日が私たちの結婚記念日なのよ。利男、お願い」でした。

当日、店に入ってくるなり、ご主人の原山さん(暁星の同級生の一番上のお兄さんで、ご本人も暁星です)が、いきなり「これ」と云って私にマンガを差し出したのです。

本に目を落とすと、『叛乱!2.26事件』と書いてありました。「コンビニに入ったら、背表紙の2.26事件が目について、手に取ってパラパラと見たら、利男のところが出てくるんだよ。ちゃんと龍圡軒って書いてあって、結構出てくるんで、利男に持っていってやろうと思って買ってきた」と。すると優子が「自分が読みたいから買ったんでしょう」と云っていました。

その週の土曜日に、関西の奈良からお見えのお客様も2.26絡みの方で、大伯父様が三連隊の連隊長で、昭和10年11月に赴任されたそうで、その3ヶ月後に事件が。そして責任をとらされて朝鮮へ。

朝鮮の国民学校の校長先生で8月15日を迎え、子供さんお二人と奥様とともに自決。

ご長男様は東京の学校におられたそうです。子供のときから2.26事件のことや安藤大尉の話を聞かされていたので、前から手前どもの龍圡軒に来たかったと。

その方も11年間アメリカで過ごされたので、話が合いました。

で、話は元に戻りますが、4日後に「利男、ごめん。2人じゃなくて4人にして。それからお願いがあるの。1つは姪が婚約したのよ。それでデザートに2人の名前を入れてお祝いしてあげたいの。いい。何か書いて。もう一つは、彼Davidデービットと云うんだけど、菜食主義なのよ。ごめん、いい?!」。

優子の声を聞きながら、頭のなかはパニック。一つ目は何とかなる。もう40年も書いていないけど、何とかなる。問題はベジタリアン。菜食、で出た答えが「何とかする。で、バターとかクリームは大丈夫?」「大丈夫みたい」「玉子は?」「大丈夫」「分かった。何とかする。大丈夫だよ」。

本当は大丈夫じゃないのです。それから3日間はメニュー作りで脳をフル回転。

前にも一度、今から35年ほど前にあの有名なファーブル昆虫記のお孫さんが同じ菜食主義者で、作ったことがありました。

このときは、3人全員が同じ料理なので簡単、と云っても初めてのことなので、前にも出ていただいたオートバイの住職に相談すると「菜食主義か~。面倒だなあ~。菜食主義も色々あるからね。色んなランクがあるけれど、とりあえず、生きて動くものの食品は使わない方がいいんじゃないかな~。例えば、牛のバターとか、玉子とかだけど、でもそれを抜いてフランス料理か~。こりゃ大変だ。頑張ってね」。そして「結果を教えて」と、楽しそうに電話を切られました。

料理は問題なく、バターの替わりにマーガリン。デザートはマーガリンを使って焼きリンゴでクリアー。

食後のお話のときに、前日は何を召し上がったのかを聞くと、何と「ピザ」。心のなかで叫びました。「何だ。生クリームもバターも大丈夫じゃないか。チクショー」と。

今回は、他の3人は普通の料理。

出し物は、スクランブルエッグと野菜のラタトゥイユ(ラタトゥイユは、フランス語で、ごった煮)、冷製のコンソメとカリフラワーのクリーム。これもたぶん大丈夫。そしてオマールエビのアメリケーヌソースと米のピラフ。

これはダメなので、オマールの替わりにアンディーブのエチュベ(エチュベとは、蒸し煮。アンディーブを鍋のなかに、バターと塩、砂糖少々、レモン汁で落とし蓋と蓋をして火を通す)にベシャメルソース。

そしてメインディッシュは、牛フィレ肉のソテーと赤ワインのエシャロットソースと人参、カブ、ジャガイモ、ブロッコリ、インゲンのバターソテー。彼にはナスのグリル焼きにベシャメルソース、そして上記の野菜のソテーにマッシュルームとホンシメジ、玉ネギを加えて少量の赤ワインのエシャロットソース。

何が難しいかというと、全然違うものを作ると、食事の場が乱れてしまうのです。ですからなるべく同じ材料で違和感なく作るように考えます。そして、サラダ、デザートはチョコレートムースに生クリームでJoyeux Fiancailles Saeko et Davidと書いて何とか逃げ切りました。

感想を聞くと、「美味しくって大満足。ありがとうございました」と。彼はベルギー人で、フランス語がしゃべれたので色々話ました。久しぶりの英語、フランス語、日本語の会話でした。

前にもよくお見えになるお医者様が久しぶりに息子さんとお見えになりました。

楽しく食事も会話も弾み、しかしメインになって一変しました。私が出て行くと、目に一派涙をためて、お父様に訴えているのです。“自分のことが分かってもらえない”と。

お話を聞くと、息子さんが見識を深めるために色々な国に旅をして、インドでの生活が彼に大きな変化をもたらしたようでした。

お父様は、息子さんがそこまで深く影響を受けていると思わずに、メインの牛ヒレ肉が出たときに「なんで食べないの?」と軽く聞いただけだったのです。息子さんにとっては大変重要なことだったので、結局、色々と話し、お父様にはお父様の立場から出る意見、息子さんも自分の見識、そして夢や希望を話されました。

お二人の絆がかえって深まったと喜んで帰られました。

またこんなこともありました。前の方に出ていただいた、あのテレビコマーシャルに出るために芸能事務所の社長を接待してらした加藤先生です。別のときに、他のテーブルのお客様が先に帰られたときに先生が「あの人は医者だぜ」と一言。「なんで分かるのですか」と聞くと、「分かるんだよ」。これは私も分かります。同業者には分かるのです。店に来たお客様でコックはすぐに分かります。

また他日、料理を作っていてハッと思いました。今日のお客様は皆、元爵位のある方ばかりだったのです。

料理屋は面白いところです。

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