私の感覚では、自衛隊の幹部は皆、自分自身を鍛えることと部下を鍛えることをほぼ同一視していたような気がします。

そもそもリーダーというものは、自分自身と自分が率いる組織が“一心同体”だと感じられるようでなくてはなりません。やる人と、やらせる人ではないのです。リーダーとフォロワーという言い方をする人がいますが、私に言わせれば、その人は、根本的にリーダーシップの認識を間違っています・・・・というか、私の認識と異なっています。頭から、手足の指先や一本一本の毛先までがつながっていて一つの人間ができているのですから。

若い頃は、常に年上の、しかも能力の高い部下がいるなかで仕事をしなくてはなりませんから、部下から学びながら、自分自身が部下以上になる努力をしなくてはなりませんでした。

自分より若い隊員に対しては、当たり前に、教え、育てることが仕事になりますが、それでも仕事の幅の広さからすると、部下隊員と一緒に学ばなくてはならない場面や教えてもらう場面の方がたくさんありました。

これは年を経て、階級が上がっても同じで、立場と職務が変われば、常に新しいことばかりで、教わることと学ぶことが仕事の大半を占めていました。

こうした部下に教わりながら“成長させられた”経験は、実感として“一心同体”だと思える大きな理由でしょう。

自衛官の仕事は、「事に当たっては、身の危険を顧みず、任務を遂行する」ことで、平時は、命のかかった究極の困難の下で任務を遂行するように、究極のレジリエンスを養成することです。

簡単に「身の危険を顧みず、任務を遂行する」と言っても、昨日までは、普通の人と同じように街を歩いていたわけですから、自衛隊に入ったから、「はい、そうですか」となるものではありません。

説明するのは難しいのですが、日常生活から訓練まですべてを通じて経験させて、そういう気持ちをジワジワと育てていくのです。言って聞かせて理解させることもあれば、理由を告げることなく実行させることで知らしめることもありますし、無理難題を与えることもあれば、単純作業を繰り返すだけのこともあります。さまざまな経験を通じて、作り上げていくものです。

生身の人間ですから、無理ばかりかけていると、調子が悪くなります。食べなければ動けませんし、眠らなければ思考力は衰えます。

大東亜戦争末期の日本軍のように、第一線から第一線に移動させるようなことをせざるを得ない状況になると、兵士は生きる希望を失って自暴自棄になり、規律を失ってしまいます。

第一線から一度、後方地域の戦力回復センターへ送り返して、十分に休養をとらせてから第一線に送り出すシステムがなければ、人間の精神が耐えられないのです。

昔、海外派遣の場で基地内の戦力回復センターを見て、隊員が楽をしている、甘やかされているかのような報道をしたメディアがありましたが、「人間の能力や本性」に対する理解のない、洞察力の乏しい方が書いたのだろうと思います。

災害派遣でも海外での活動でも同じです。働いたら後方地域やキャンプで十分に休む。そしてまた働く。人間らしい生活をするから、能力を発揮できる。レジリエンスは、少しずつ環境に慣らされながら鍛えられていきます。

無理を続けてストレスがたまると、身体に不調をきたす人が出てきますし、耐えられなくなると、嘘や誤魔化しが出てきたり、いい加減さ定着し、ミスが頻発するようになり、最後には大きな事故が起きたり、精神的に潰れる人が出てきたりします。

精神的にも肉体的にも、強さも弱さも、人それぞれに違いますが、日常の仕事でも、勉強でも、オンとオフが必要なのです。

リーダーは、そういう一人ひとりの人間性や能力を受け入れながら、総合的に手当てをして、個別に状況を把握していかなくてはなりません。そうしなければ、シーダーシップを効果的に発揮することはできません。

それだけ気を遣っているのに、誰もが抱えているそういった“人間の弱さ”を理解しないで「自衛隊だから・・・・」など過剰なことを求められると、それがまた指揮官のストレスになります。まぁ気にしないのが一番です。

それはともかく、レジリエンスについても、行動心理学の本では個人の内面的な話になっているのですが、リーダーにとって、組織のレジリエンスを高めること(メンタルヘルスケア)と個人のレジリエンスを養うことはほぼ同じ意味があると考えています。