相撲ファンとしてはとても残念だが、どうも不祥事が多すぎるし、根が深いように思われる。

日本に古代から伝わる伝統的な芸能で、国技と言われている大相撲は、子どもから大人までが親しみ、世界中に多くのファンがいる。

問題が起こるたびに親方の“資質”が問題にされるのだが、親方と言うトップに立つ指導者は、組織をあげて育ててきた結果なのだから、その“資質が悪い”となれば、個人の問題として片付けるのではなく、組織そのものに問題があるのではないかと考えて、対策していかなくてはいけない。

会社で起きた不祥事も、大学で起きた不祥事も、トップが起こしたものであれば、個人の問題以上に、長年その人を養ってきた組織が、個人の資質を正すことができなかった組織運営要領や指導要領や人物評価要領などに着目しなくてはいけない。

間違いなく、そのような芽が大きく育つ土壌があったと考えるべきなのだ。

一方、組織がここまで育ってきたにはそれだけの理由がある。

その長所は活かしていかなければならない。長所を生かすために、どう改善して問題点を消して行くかであって、問題点を消すために長所を潰してしまってはいけない。

守るべきもの、残すべきものは明確にしておく。

バカバカしいと言われるかもしれないが、組織を管理してきた立場から観察すると、いくつもの疑問が湧いてきて、一番基本的なところからチェックしなおさなくてはならないのではないかと思えてくる。

  • 大相撲の日本における社会的な存在意義をどのように考えているのか。
  • 角界は、その理念を普及するためにどのような役割を果たすのか。その社会的使命は何か。
  • その社会的使命を果たすための指導理念はどうなっているのか。
  • それをどのようにして普及しようとしていたのか。方針と実行要領はどうなっていたのか。
  • 指導理念を、指導者育成のシステムにどのように反映していたのか。
  • 地域における子どもの相撲レベルから大学、社会人の相撲レベルまでに対して、どのように指導理念を普及していたのか。
  • 指導者に何を求めているのか。
  • 特に、各レベルでの指導者育成と評価システムは、どのようになしていたのか。
  • 等々・・・・・

相撲界では、部屋の力が非常に大きく、部屋の自主的な努力が相撲界を支えているようだ。

そうであるならば、相撲部屋毎の指導理念や方針、実行要領をどのようにさせていたのか、あるいはどのようにチェックしていたのかを問うことになる。

大筋では、すでに逐一改善を重ねているからそこに問題がないというならば、何故それでも問題が起きてしまったのか、何故問題が小さいうちに気がつかなかったのか、に移ってくる。

自衛隊でも指揮官の自主裁量の余地はできるだけ大きく与えようとする。したがって指揮官の“統率”(個性)は最大限に認めようとする。それを認めないと、トコロテンのように画一的な組織になってしまい、発展性を失ってしまう。

野球のリーグでも同じだ。チーム間の個性があるから面白い。チームごとの個性を発揮して争うから強くなる。

しかし、“統率”を重視しすぎて問題が出てきたときに、目が行き届かないと、悪弊がはびこってくる。

相撲は面白い。

不祥事をどう受け止めて、改善するか。しかし、健康を維持し、体調不良で治めて病に至らないようにする、もしくは初期に治療することで早期に回復することはできる。人のなせる業だから、完全に不祥事をなくすことはできないが、それが大きな問題になることを防ぐことはできる。

個人の資質の問題として対処するのではなく、何故不祥事に気がつかなかったのか、何故その芽が小さいうちに摘むことが出来なかったのか・・・・、組織が生んだ不祥事だと考えて対処しなければ相撲界の将来はない。健全な人たちの持つチェック機能、治癒能力が働かなくなっていることが問題なのだ。

マネジメントにおいても日本的組織のお手本を示して、日本の国技として欲しいものだ。