中国海警法とは何か(心理戦の前提)
2021年2月に施行された中共の海警法は、海警に対し、以下を認めると解釈できる条文が含まれていたため、国際社会で問題視されました。
① 「手段を問わず」という曖昧な表現での武器使用を明示
② 外国船舶への強制措置(停船命令・追い出し・拿捕)
③ 国内法基準による管轄海域の定義(国際法無視)
中国は、東シナ海・南シナ海は自国領海であるという主張を「国内法により既成事実化」しようとしました。
海警に国内法に基づいた行動を命じることにより、自国が主張する海域を「実効支配しているような行動」することにより「心理的支配を確立する」のための法整備でした。

1 中共の心理戦の2つの狙い
(1) 日本・周辺国の意思決定を「萎縮」させる
海警法があるので、こちらが強く対応すれば衝突が起きるかもしれない、という「自己抑制」を誘発することが、中共の最大の狙いだと思われます。
実際に武器を使わなくても、相手国が自主的に動きを弱めることを狙って「恐怖・安心の心理戦」を仕掛けてきます。
(2) 国内向けの「強硬姿勢」を演出
「中国政府は主権を守る力がある」という国内プロパガンダにも利用される。
2 中国海警法が与える「心理的抑止」のメカニズム
ここでいう心理的抑止は、軍事的抑止とは別のもので、相手の行動を「予測不可能な危険」によって止める「恐怖による抑止」です。
(1) 「武器使用」の明示により、相手に対する「不安(不確実性)」を付与
条文は曖昧で、どこまでが海警の権限なのか不明で、かつ武器使用の閾値(目的、手段、要領等)が定義されておらず、どのタイミングで発砲や拿捕が行われるか不確実にされています。曖昧だからこそ効果がある、という発想でしょう。
他国の海保・海軍は常に、誤射、暴発、事故のリスクを負うことになり、これが最大の心理的抑止になります。
(2) 「国内法に従う」と主張することで国際法との摩擦を相手に責任転嫁
中共は国際法を参考にすると言いながら、最終判断は国内法に従って行動します。
つまり、中共は国内法優先で行動し、他国は国際法優先で行動するという「ルール対立」を作っています。中共以外の国は、行動基準が曖昧な海警の行動が読めないので、武器使用の判断について心理的に大きなストレスになり、行動が慎重にならざるを得ません。
まさしく、考える時間を奪われて、判断を遅らせる心理戦です。
3 中共の海警法が与える「恫喝(威圧)」のメカニズム
(1) 武装した海警船の状態的な出現による心理的圧力の日常化
海警法の施行後、中国海警は武装艦(76mm砲搭載)を日常的に尖閣周辺に展開するようになりました。日本側は「また来た…」という心理的な疲労が生まれ、中国側は自国の世論へ「自国領域への主権行使」をアピールし、日本の対応があれば、さらに国民に対して反日を煽ります。
(2) 衝突リスクの責任を日本側に負わせる構図
中国は公式に「海警は法に基づき任務を遂行している。問題は日本側にある」と言い続け、衝突が起きた場合、日本の責任に負わせることを明言しています。これで、 日本側がますます慎重になり、中共はますます大胆に行動できるような枠組み(国内外の認識)作りを行っています。
(3) 国際社会が即時に非難しづらい環境作り
軍事行動では非難されるが、「国内法に基づく行政行為」という建前をアピールしていると、領土に関する歴史的事実や海警法に詳しくない国々は声を上げ難くなります。
国際社会の反応の遅れは、中共が次の手を打つ行動の余地を得る(主導権を握る)ことになります。

4 中国海警法が日本に与える心理的影響
(1) 日本に与える効果
① 法執行機関(海上保安庁)の現場心理へのマイナス影響
現場は常に、拘束・拿捕のリスク、武器使用の可能性、中共側が突然エスカレートする不確実性などの不測事態が生じるリスク計算を強いられます。
逆に、現場が萎縮し、判断に遅疑逡巡が生じることが最大のリスクになります。
② 政治レベルの意思決定の負担増
また政治レベルにおいても、「抗議するか・黙殺か・映像を公開するか」の判断が多岐にわたり、現場との意思疎通に時間を要する等、判断の遅れが生じる可能性が増え、また誤判断の余地が増えることとなります。
③ 国民不安と世論不統一の増幅
「中国の法律で日本の領海が左右されてしまうのか」という不安、「日本政府は断固とした意思表示も行動もできないのか」という政府に対する信頼低下が広がりやすくなります。
これは、ますます政府の意思決定の揺らぎを大きくしてしまう可能性があります。
5 中共が得る効果(狙い)
これらは中共の典型的な「三戦戦略」(心理戦・輿論戦・法律戦)と完全に符合します。
① 抑止(萎縮)
・不確実性・誤射リスクにより相手を自己抑制させる。
・判断コスト増大で意思決定を遅らせる。
・武装船の常態化で心理的疲労を与える。
② 恫喝(威圧)
・武器使用をちらつかせることで恐怖心を刺激する。
・国際社会がすぐに動けない状況を作り出す。
・「衝突責任は日本」というフレーミングを作る。

