これまで「恐怖・安心の心理戦」をテーマとし、尖閣に対する中共のアプローチのケースを取り上げてきましたが、最近、話題になっている話でもので、中共が尖閣にアプローチする目的について、述べることにします。

1 台湾を獲得するために準備

中共にとって、尖閣の価値は、台湾に対する日本(同盟国の米国含む)の影響力を排除することにあります。

台湾を支配下に置けば、黙っていても尖閣領有は可能となります。結果として、「周辺海域の資源を獲得」し、「外洋への自由な出入り口を確保」することができます。

中共の第一の焦点は、台湾にあります。

しかし、日本が尖閣で主権を行使して行動するならば、中共が台湾を(軍事的に)支配下に置いた時、もしくは支配下に置こうとした時、日本は「中共による日本領土(尖閣)に対する軍事的影響力」を排除するために行動します。しかも、明白な日米安全保障条約の対象地域ですから、何かあれば米軍が介入します。

日本に尖閣の主権がある限り、台湾を支配下に置いたことにはなりません。

台湾を完全に中共の支配下に置くためには、尖閣で日本の主権を行使することを抑え、常に中共に気を配り、主権を抑制して行動する「癖」をつけさせてはいけない、もしチャンスがあれば実効支配したいのです。

2 だから、心理戦

しかし、真正面から軍事力を行使することは国際的にも許されません。よって、軍事力を直接行使せずに、影響力を拡大し、政治的支配力を高め、国際社会に誇示していくことが望ましいのです。

中共は、尖閣諸島への領域侵犯の既成事実を積み重ね、あたかも自国の領域であるように振る舞い、宣伝します。軍事行動と平時活動の中間領域で、法的曖昧性と心理的圧力を利用した行動をとり、既成事実を積みながら日本の反応を鈍らせ、二国間の領土係争地域であるかのように主張し、国際的な認知を拡大していきます。

国際法に触れず戦争の一歩手前で止まる行動で、心理的圧迫(恐怖)を加え、政治外交的に話し合い(安心)を唱える、高度に計算された戦術です。

3 侵略を正当化する思想

尖閣は、日本にとってはかけがえのない領土で、中共は一度も所有したことがありません。しかも、歴史上は中共自らが「日本の領土だ」と認めていた島です。

それが何故、どんな論理で中共が領土だと主張するのか。

共産主義に共通する自己正当化の論理です。

資本主義国は共産主義国を搾取・支配するため戦争を仕掛けてくる本性を持っているので、革命を継続するためには資本主義国を上回る軍事力をもって敵を撃滅(=防衛)しなくてはならない、という考えです。

例えば、ソ連崩壊以前、1970~1980年代頃、西欧の核ミサイルの射程等を考慮し、戦術レベル、作戦レベル、戦域レベルで、バレンツ海、モスクワから同心円の防衛ラインを描き、西欧全体に防衛ラインを広げていく防衛地域拡大構想がありました。核と陸海空戦力が一体となって一気に地域を制圧する殲滅戦の構想で、大規模な演習を繰り返しました。

極東でも、ウラジオストックと原子力潜水艦が潜伏してオホーツク海正面から防衛地域を拡大すると称して、北海道への侵攻を正当化する構想があるとされていました。バレンツ海とオホーツク海に潜伏するSLBMで米国を抑止しながら、周辺国に勢力圏を拡大する構想で、自国を防衛するという理由で支配圏を広げる戦略構想が、共産国の「防衛思想」でした。

「第一列島線から第三列島線まで防衛線を拡大する構想」は、基本的にはこのソ連の思想をモデルにしたものでした。

構想が出たのは40年以上前で、まだ中共海軍が沿岸警備隊レベルの戦力しか持たず、論文を出したのは外洋艦隊の運用など考えもつかない中佐レベルの若い将校でしたから、ソ連の構想をモデルにしたことは間違いありません。

それはともかく、共産国にとって、資本主義国が存在する限りどこまでも「防衛」であり、「正義の戦い」が続くのです。

そういう意味で、尖閣の次は沖縄、沖縄の次は奄美、そして九州へと、際限なく勢力圏を拡大しようとします。

それが共産主義国の持って生まれた本性で、台湾を支配下に置くだけでは終わりません。

4 心理戦の手順

 既成事実を拡大する

中共は、領海侵入回数の増加、公船の大型化、航路妨害、無人機・航空機の活動増加を行い、既成事実化を進める。

台湾有事の脅威を“心理的抑止”に利用する。

日本に、台湾有事は、中共の国内問題であり日本は関与してはいけないという意識を高める。尖閣は台湾に隣接する地域だから自制的に行動しなくてはならないと思い込ませる。

③ 台湾有事と尖閣問題が別問題であるように印象付ける。

「台湾問題に関与すれば、日本も巻き込まれるぞ」という「恐怖」メッセージを送り続けるため、尖閣周辺での軍艦・海警のアピールを高める。

さらに、「米軍支援は日本にとって危険だ」「米軍の戦争に巻き込まれる」と煽り、日米の離反を図る。

④ 限定的な武力示威で日本の反応を確かめる。

台湾周辺に軍機・艦隊を集結させ、尖閣に公船を送り込み、空域に侵入し、領海内に砲爆撃を加える。外交的、政治的には、自己抑制しているかのような発言を繰り返し、日本が対抗手段をとることを自制させる。そして、既成事実だけを残す。

⑤ 台湾・尖閣の“運命共同体論”を国際社会に浸透させる

国際世論に対して「台湾と尖閣の問題は歴史的に連続している」と宣伝する。条約等の既成事実を知らない者を対象に、繰り返し訴えかけ、尖閣が歴史的に争点になっている係争地域なのだという印象を広める。

⑥ 日本国内の親中世論を高める。

日本政府が中共の行動に対して具体的な対応をとったり抗議したりしないように、日本国内で、次のように、中共の「①既成事実を拡大する」行動を認めさせるように働きかける。

・中共の台湾に対する原則を認める

・尖閣に関しては話し合いの解決を望む

・尖閣への日本の主権行使は「話し合い」を阻害する行為になるので行わない

・日本は自制しつつ、平和的な解決を望むように発信する

・米国に巻き込まれないように距離を置いた発言をする

・日本は自主的な判断ができるように、主張や立場を曖昧にしておく

5 存立危機事態

「存立危機事態」とは、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」です。

台湾への武力攻撃等の事態が起き、日本が「尖閣の存立が脅かされた」と判断すれば、さまざまな行動の選択肢が出てきます。

グラス駐日米大使が「米国は尖閣諸島を含め、日本の防衛に全面的にコミットしている」と発言したのは、こういう意味があるのです。

R5 防衛白書から

高市総理の「存立危機事態」発言は、中共が営々と進めてきた「(尖閣に関して)日本に明確な意思を持たせない」長年の戦略と心理戦の成果を一瞬にして、一挙にひっくり返してしまいました。

本当に大切なことは、国際基準に沿って、主権国として当然の発言をすることだということでしょう。