《保守と革新。冷戦時代から続く対立の構図ですが、言葉とは裏腹に、得てして、保守が革新的なことを主張し、革新が守旧的な主張を繰り返して対立する構図が定着しているように感じます。

政治、経済、そして、社会の国際化に合わせて変化していこうとする人たち、これが海外に活動基盤を置く経済界や役所の官僚に多く、既得権益を守ろうとする人たちに大手のスポンサーを持つメディアや革新派と言われる変化を好まない階層に多いのは、面白いところです。

メディアや革新派と呼ばれる人たちの支持基盤を形成する人たちが、現状を変えることで被るマイナスを強く意識しているのでしょう。

発展する保守の目指すところは、変化に変化を重ねて、日本を代表する文化資産になっている歌舞伎の姿にあるように思います。 善き精神を受け継ぎながら、変化を取り込んで発展していく、そんな保守でありたいものです。(A.Y)》

毎朝と云うよりも、日曜日以外は毎日、文化放送ラジオを聞いています。

店の調理場にいる私にとっては唯一情報を得られるので、と云う言い訳をしながら聞いているのですが、本当は楽しいからです。他の局と比べて文化放送の放送を作っていらっしゃる方々が楽しそうにしていらっしゃるのが、映像がない分、手に取るように聞こえてくるのです。それだけで私も楽しくなるのです。

前と云っても、今から50年、もう半世紀も経っているのですが、フランスで見習いをしているときに、ムッシュ・ドラベェーヌ(師匠)が調理場の肉切り台の上の肉を引っ掛けるフックに、ソニーのポータブルラジオを掛けて聞いておられました。今の私のように。

でもそのとき、私にはラジオが耳障りで、師匠がいなくなると消していました。師匠が戻ってくると、また付けるのです。そしてまた、用事で師匠が出て行くとすぐに消す。繰り返しているうちに、師匠が怒り「誰だ!消したのは」と云うので「はい、私です」と答えると「なんで消す?」。

「うるさくて仕事に集中できないからです」と答えると、「じゃ、しょうがない」と云って切ってくれたのですが、敵もさるもの、次の週、休日明けに出勤すると、なんとステレオのスピーカーが調理場につき、クラシックが流れていたのです。

たしかに美しい音楽なのは分かりますが、五月蠅い。まさに私にとっては当て字のごとくでしたが、師匠は私の方を見て、ニタと笑い、行ってしまいました。

要は、私自身に余裕がなかったのです。

精神的にも技術的にも毎日が必死だったのです。それで何とか、毎日ぎりぎりで間に合わせていたのです。師匠の仕事の仕方を見ると、余裕を持って終わっているのです。

パリでクインアリスの石鍋さんに会ったときに、相談したのです。すると石鍋さんが「岡野君、それは当たり前。ドゥラベェーヌさんはご自分の仕事を把握しているから、準備から段取り、作業、終了とスムーズに動く。ところが君はまだこの道2年目で新しいことばかりだから追いつかない。これの繰り返しで仕事を覚えていくのさ。がんばれ!かたや45年、君は2年。そうやって1人前になるんだよ」と、慰めてくれました。

そんなラジオです。

先日、そのラジオに長野智子さんというフリーアナウンサーがゲストとして出演しておられました。

毎週のように同局の番組に出ておられるのにと思って聞いていると、上智大学生時代に文化放送でアルバイトをしておられ、その後フジテレビに入社なさったそうです。

フランスから帰った私は、あの有名な番組“オレ達ひょうきん族”で、長野アナウンサーを知り、そのときに、今は女性アナウンサーもこんなこともするんだ、と思いました。

フランスに行く前の私が知っている女性アナウンサーは、正確に原稿を読む人としてしか映っていませんでしたので、少し驚きました。そして何年後かに、アメリカから帰ってこられた長野アナウンサー、というよりも私には長野女史として、好感の持てる人物に映りました。

そして今回、ご自分の人生の話をしておられたなかに、ご主人についていってアメリカに6年。その間、アメリカの大学院に通っておられた話をなさいました。この大学院のお話が、私に新たな目を開かせてくださいました。

私はどちらかというと、保守的で、私の作る料理も同じく、保守的なクラシックです。

龍圡軒にお見えになられるお客様からよく云われることは、今流行っているフランス料理はお好みではなく、私の料理を食べると安心すると仰います。それはたしかにその通りで、昔ながらの料理ですので、長い時間をかけて少しずつ改良されてきたので本質的なところは変わりありません。こう云えば良いと思います。洗練。

なぜこの話になったのかは、長野さんがアメリカの大学院の授業で、日本の授業との違いに戸惑ったという話からです。

日本の授業では、何々先生の本を読み、理解することでしたが、アメリカでは同じ何々先生の本を読んで、間違ったところや粗探しをして、それを指摘するところから始まるのだそうです。

この姿勢についていくことが出来ずに教授に云うと「粗探しではなく、前の時代に書かれた論文のなかに現時代のあなたが、現時代、そして未来においておかしいと思ったことを取り上げ、その証拠をきちんと整理して、他の人に分かりやすく説明し、理解してもらい、私ならこういう風にしますということを納得させる作業」だということです。

まさに保守の姿勢だと思います。

私どもは子供がいませんので、次の世代、すなわち久美の世代、さらにその次の世代、ココ達の世代との接点が非常に少なく、社会的視野が狭くなっていました。

例えば、今の子供たちの体格と私たちとでは大きな違いがありますし、私たちの時代の色はアナログなので色の変化も徐々に変わっていきますが、今の子供たちはデジタルなので階段のように変化していきます。

味や食べ物も違っています。

それは年代によって違って当たり前なのかも知れません。それに今回、気づかせていただいた長野様に感謝して、ペンを置きます。

ありがとうございました。

https://www.saibouken.or.jp/archives/4268

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