日本は国際法にしたがって、海上保安庁は領海警備(領海内における外国船舶の無害でない航行や不法行為の監視取締りを任務とする警察活動)を行い、海空自衛隊は領海・領空と周辺の海空域で常時継続的な情報収集・警戒監視、偵察活動を行っています。

これに対し中共は、国際法では認められていない、中共国内で定めた海警法(2021年施行)に基づいて活動しています。

日本でこの点に関する問題意識が低いのは、非常に大きな問題点です。

1. 海警法とは何か

海警法は、表向きは「海上法執行機関のルール」だとしていますが、国際法に基づかない、まったく別体系の国内法であり、実態は中国が自らの海洋権益を「法の名で自国の主張を正当化するための政治宣言」です。

国際法に基づかない国内法をもって、その行動と効力を国際水域や他国の領海近くに「適用する姿勢」を顕示することで、自国の領海であることを一方的に主張し、日本に対して示威、恫喝、小さな既成事実を積み重ねて心理的圧力をかける、いわば「心理戦ツール」になっています

その目的は、中国公船の行動に「正当性の幻影」を与え、相手国に、対応すれば衝突の危険があると思わせて、結果として中国側が一歩先に立つ状況をつくることにあります。

中共は、国際基準に基づかない法的枠組みを創作し、相手国の行動・判断を萎縮させるための心理戦を展開しています

2. 心理的脅迫力の要素

 武器使用明記による「偶発衝突の恐怖化」

海警法は、海警船に対して武器使用(実弾使用)を明示的に認め、「外国船舶に対して武器を使用できる」、「必要であれば強制排除ができる」と規定しています。これは国際海洋法(UNCLOS)下では認められていない中共だけの論理です。

実際に武器使用がなくても、「撃ってくる可能性がある」という恐怖を相手国(日本)に想起させる効果があり、日本から「対応すれば撃たれるかもしれない」という萎縮や誤判断や自己抑制を引き出す可能性が生じます。

 自国の管轄海域の独自定義 による「国際社会の認知操作」

海警法では「管轄海域」を中共独自に定義しています。

つまり、尖閣周辺は自国の管轄海域なので、海警が法執行するのは当然であるという「国内法による正当化」(国際基準に従わないこと)を宣言しています。

これは国際法では認められないが、「法に基づいて行動していると装う」ことによって、国際社会の認識に「尖閣は係争地だ」という誤った印象を植え付けるプロパガンダの効果があります。

心理戦では、国際社会の認知を変えることが最大の武器になります。

 「合法を装う」ことで、公船侵入の「日常化」

国内法的な裏付けのある行動は相手国が強く批判しづらくなり、「(国際法的には)違法だが、違法に見えない行動」が成立してしまう可能性があります。

中国は自国法に基づいて行動しているだけ、海警は法に基づく取締を行っているだけ、と「合法を装う」ことにより、国際社会に心理的錯覚を持たせます。

結果として、海警公船の接近、計画的な航行妨害、長時間の領海侵入、無人機や大型船の派遣を「日常」に見せることにより、心理的錯覚を定着させ、相手国の「抗議の閾値」を下げさせることになります。

 「中国の行動に反応すると衝突が起きる」という恐怖を増幅

海警法に基づいて行動する中共に対し、相手国に「ここで強めに対応すれば、中国は武力を行使するかもしれない」と通常以下の行動をとるように思考を強制されます。

つまり、反応による「エスカレーションのきっかけを作るリスクが生じる構造」を作りだし、相手がより自制的に行動させるようにします。

これは心理戦で最も力のある要素で、日本側は「慎重になり、踏み込まない」、中国側は「徐々に侵入レベルを上げる」という非対称性が生まれます。

これがまさに、今、尖閣諸島をはじめとする日本領海で起きている現象で、「対応しない日本vs既成事実を積む中国」の構図を作り出しています。

3. 海警法が日本に与える心理的影響

海保の現場判断の萎縮、誤判断

「撃たれる可能性がある」という状況は、行動の大胆さを奪い、対応を弱める

漁業者の萎縮・遠慮・漁場放棄

危険と感じて操業を避け、あるいは海保に頼りづらい心理状況を生み、尖閣付近の日本人漁船の操業を減少させます。

これにより、「日本による実効支配の空白化」を作り出します。

日本政府の抗議の自己抑制

毎回抗議しても状況が変わらないと、「抗議しても無駄」、「慣れてしまう」という国民・メディアの心理が生まれます。さらに、日本に「話し合わなければならない」という立場をとらせることにより、領海をめぐる立場を「対等の立場」固定しようとします。

これが最も危険です。

日米の意思決定の微妙な「ためらい・ズレ」を生む可能性

米国も「中国が国内法で武器使用を明示している」状況下で日本を支援することが軍事的なエスカレーションを生む可能性を考えます。

米国政府は、日本の尖閣諸島の領土問題が米国の安全保障に及ぼす影響、米国軍人の生命をかけることを米国民が許すか否かを判断しなくてはなりません。日米間の意思疎通に少しでも乱れが見られれば、米国の抑止力に一瞬の揺らぎが生じ、中国のチャンスが生まれます

国際社会の「係争地化」認識

法を整備して行動する中国に対し、日本の主張は“抗議だけ”という構図が続くと、国際世論は、尖閣諸島は日本が実質的に支配している地域ではなく、「日中間の係争地である」という誤認を持ちます

これは日本にとって決定的な不利になります。

4. 結論

海警法の目的は、軍事行動そのものではなく、「相手国が自分から動かなくなる心理環境の構築」にあります

海警法の「心理的脅迫力」は、撃たれるかもしれないという恐怖、中国が法的に正しいように見せる演出、侵入行為を日常化させる誘導、日本側の反応を萎縮させる効果、国際社会に係争地という印象を植え付けるなどを組み合わせることで、日本が「反応しない状況を作るための心理兵器」として機能しています。

H12 海上保安白書