じゃあ、どこまで行っても適材適所はないのか?

騙し討ちのようだな・・・と思う方がいらっしゃるかも知れませんが、そこは上手くできているのです。

組織というのは、人を言いくるめて使うだけなのかなどと思ってはいけません。

職務の経験を踏みながら、上位職に就くときに振り分けられていくのです。

技能・職能だけで生きる分野と管理や企画の分野やリーダーシップ発揮の分野は、明らかに求められる資質が変わってきます。大きな組織になるほど違いが大きくなってきます。

したがって、一定の経験を踏んで上位職に上がるとき、少しずつ違った立場、より適所に向かってシフトしていきます。

ひょっとすると、定年になってから、「やっぱり、これがやってみたかったのだ」と言って就く職が適所なのかも知れません。

要は、誰も「適材適所」かどうか、分からないのです。

頭も中で考えた世界で、これだと思っても「適材適所」なのかどうかは分からない。

努力もいるし、ガマンもするなかで、見つけていくものなのです。

ただ好きなことには一生懸命取り組む意欲が湧いてきますから、とりあえず好きなことをやってみる、やらせてみる。

その結果、本当に好きなことを続けたいならば、嫌いなことにも真剣に取り組まないといけないのだと分かって、人間の幅が広がっていく。

好きなことだけをやっていると、成長する範囲が限られてしまう。しかし、他人に喜んでもらったり、評価してもらったりして、人や社会のために役立つ仕事をする価値を知る。あるいは自分が好きなことを通じて、社会的な意義を理解するようになって、満足感が持てるようになると、やっていることは同じでも、意識が変わってきます。

そういう充実感を感じて、初めて「適材適所かな」、と思えるようになるのですが、いつまで経っても確信できないのです。

なぜなら、人間は日々、進歩するもので、人間の欲求には限りがないからです。

皆、仕事に対して、責任だとか義務だとかを強く意識しています。仕事は、遊びじゃないのだから大変なのが当たり前だ、と思い込んでいます。自衛隊の訓練もそうで、苦しくなければ訓練ではない、と思っている人がほとんどでした。

大きな成長があるところには、必ず充実感や喜びというプラス要素が存在します。

仕事や訓練や勉強は、人間が成長するための糧であり、一つの学びの場でしかありません。

学びが苦役であってはならないのです。

好きなことに取り組んでいるときはストレスが溜まりませんし、失敗しても方向転換して再起することに躊躇しません。かえって、そこから創意工夫が生まれたりします。

義務心や責任感だけで動いていると、こうはいきません。

リーダーの価値は、共に行動する人たちに、如何に充実感や喜びや、やり甲斐・生き甲斐を感じてもらえるかどうかにあります。

組織内に、より高いモチベーションを生み出す。そのための説明や説得のコミュニケーションが必要になってきます。

高いモチベーションを持つようになったときにこそ、より高度な技術や知識や練度(スキル)を自らが求めるようになり、より厳格な評価基準を適用できるようになっていきます。

その評価基準は良き目標になるものであって、決して苦役ではありません。

やり甲斐の感じさせる場を作りたいものです。