《 料理については食べる以外に能が無くて門外漢ですが、フランス料理にも、自然との調和があり、季節の表現が基本にあって、その上に、料理人の食する人への思いが込められて、生まれるものなのだ、ということを、初めて知りました。和食だけではなかったのですね。料理で何を表現するのか、料理で何を伝えようとするのか。すべてのものつくり、すべての仕事に通じる奥深さを感じます。 》

私が一番難しい料理だと思うのは、目玉焼きです。理由は、手を加えるのは割るときだけで、あとは火の調節をすることしかできないからです。

玉子という材料は、本当に面白いものです。調理法によって、あれほど味の違いが出てくる材料はありません。

調理法だけでも、ゆで玉子、半熟玉子、Oeuf a la coque ウフ・ア・ラ・コック(西洋で朝食に食べる。冷水から沸騰後30秒、または沸騰水に2~3分。玉子立てに載せ、熱いうちに上部の殻を割って食する。味は、温泉玉子に似ている)、ポーチドエッグ、オムレツ、スクランブルエッグ、目玉焼き、日本独特の生玉子、そして近年出てきた温泉玉子。これらの料理でも、火の通し方一つ、つまりゆっくりと熱を加えたものと急激に加えたもので、これほど味に違いが出る材料もめずらしいのです。

皆さんも、目玉焼きで試してみて下さい。同じ材料なのに、蓋をするのとしないのでは、味が、そして食感も変わります。すなわち、これが料理なのです。

見習いの3年間、ほぼ毎日、同じポタージュ(野菜を主にしたスープ)、Potage Parisienポタージィ・パリジアン(パリ風ポタージュ)、Potage Bonne Famme ポタージュ・ボンヌ・ファーム(おばさんのポタージュ)、Potage Parmentier ポタージュ・パルマンティエ(パルマンティエ風ポタージュ《Parmentier Antoine Augustin Baron パルマンティエ・アントワーヌ・オギュスタン男爵。フランスの薬剤師、農学者。1737~1817年。ジャガイモを研究し、普及した》、パルマンティエと言えば、ジャガイモ主体の料理)。

3年目に入った頃、師匠は誰が作ったのか知っているのに、調理場に「誰だ。このPotageを作ったのは。バカか!!」と、皆に聞こえるように怒鳴り込んできました。

この料理は、鍋にバターを溶かしてポロネギのみじん切りを少量の塩を加え、ゆっくりと火を通し、そこに1cm角、厚さ2mmのジャガイモ(切ってから洗ったもののときは、澄んだポタージュ。洗わずに入れたときは、ジャガイモのデンプンで、ほとんど分からない程度のとろみが付き、味が違います)を入れ、水を加えて火を通し、最後に味を整えて完成です。これがポタージュの基本です。これを漉したり、他の野菜を加えたり、生クリームや玉子でつないだりして変化させていきます。

師匠は、私に「おいしいけれど、お前が何を作ろうとしているのか分からない。材料のバターはCharente シャラント(ポルドの北に位置し、コニャック、牛、羊で有名。フランスで一番おいしいバター)、ポロネギ、ジャガイモ、水、そして海水から作られた粗塩で、バターとジャガイモは同じ産地。そして塩も水も同じ。違うのは、ポロネギと季節。今は夏なのか秋なのか、それとも冬なのか」。

「大事なのはここからで、自分の思った味に作るのも良し。そしてもしも今が夏ならば、シャラントの夏のバター味で何処何処の夏のポロネギをどういう風に炒めるとどういう味になるかが重要で、そういう風に季節や材料に合わせて味を作るのもいい。でも、お前の作っているのは、それがはっきりしていない。それを考えて料理しろ」と。玉子と同じです。

いつも怒られるのは私だけでした。他の仲間は、チーフに任せていました。

そのときは「何で・・・」と思っていましたが、店の仲間から「お前は特別なんだよ」とよく言われました。

やはりJean Delaveyneジャン・ドゥラベーヌは、私のフランスでの父だったのです。色々なことを教わりました。夏休みも家族の一員として、1年目は地中海、2年目はプロターニュに連れて行ってくれました。色々な相談にも乗ってくれました。